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 季刊ステレオサウンドNo.135 2000 SUMMER    1905円
『Stereo Sound』 
   特集 スーパーCD&マルチchオーディオ時代のサウンドシステムデザイン
       不滅のアナログ/オーディオサポートグッズ試聴/電源ベーシック講座/クレルMRS詳報
            日本を代表するハイエンドオーディオ雑誌。毎号特集が夢を与えてくれます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 フランスの雑誌 『REVUE DU SON』 2000年3月  36フラン
  有名なオーディオ解説者ジャン・平賀氏が編集長の月刊誌「REVUE DU SON」
   たまには外国の専門誌を参考にしてください
機種のことが詳しく書かれています
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
フランス語を訳してもらいました。

三上剛志氏は日本におけるオーディオの最も偉大なアマチュアの一人である。

30年以上かけて忍耐強く、情熱を持って収集された彼の切れクションアイテムの一つ一つが「ヴィンテージ」と

呼ばれるのにふさわしいものである。

その呼び方は偉大なワインセラーで出来たオマネ・コンティのような最良のクリュ[ワインの格付け]に適用される

英語の専門用語である。

毎年開催される一般開放日では、訪問者はいままで当時の古い記録にあった写真でしか見たことの無かった本

物の機器が自分たちの目の前にあることに驚く。

「アリ・モトの洞窟」の迷路に迷い込んだ人々は見物がまだ始まったばかりだと知ると、そして非常に珍しいレコー

ドのコレクションを含むコレクション全体の評価額が200万ユーロ程だと知ると更に驚く。

三上氏はここ数年間珍しいサボテンのコレクションも始めたので訪問もなかなか刺激的な[注:piquantとは刺激

的なという意味と棘で刺すという意味があり、ひっかけてあります]ものである。

1970年代から熱中

世界各地で見られた真空管を使った電子機器と古い三極管への情熱は一時的な流行だけとは言えなくなってきた。

ラスベガスで行われた前回のCES,そして同時に開催された「ザ・ショー」という展示会で確認できたのは、主にア

レクシス・パークとサン・トロペホテルに結集された高級オーディオのブースにおいて展示されていたアンプの7割

は真空管を使ったものであった。

70年代以降、真空管を使った機器の復興は主にオーディオファンの顧客を対象にとしていた。

ラックスマン、マランツ、サンスイなどの企業は、主に限定版としてさまざまなヴィンテージモデルを過去の栄光か

ら甦らせた。主に日本、それに続く韓国と台湾などのアジアの国々には前世紀のハイファイの歴史を作り上げた貴

重なオーディオ製品のコレクターがたくさんいる。いくつかのブランドに関連したスノビズムを超えたこの現象は、

音響再生の進歩に参加した研究者とエンジニアたち、真空管、配線、変換機の発見と発明、ハイファイへの競争

に最初に参加した当時の主要ブランドをアジアそして世界各地でより広く知らしめるのに役立った。

常に活発であり、インターネットが提供した新たな可能性によって最近更に活性化したこの市場は多数の店舗と

専門家の誕生と増加を経験している。

日本では、「ウエスタンラボ」、「エルタス」、「エレックス」、「音の市」、「カマニ」、「クラッシックガーデン」、「デルタ

ポイント」、「オーディオマート」、「スズキ」、「オーディオサミット」、「サウンドボックス」、「ウエスタンサウンドインク」、

「シェルマン」、「マサ・トレーディング」、「マツシタハイファイ」、「フィガロ」、「サンライト・ジャパン」などの名前が

有名な日本の雑誌「ステレオサウンド」に掲載されている。このリストには海外のさまざまな専門店とインターネット

上でみつけることが出来る多数の店舗も加わる。他のコレクター同様、三上氏は自らの仕事以外に「珍品」を探す

ことに時間を費やす。年を追うごとに、かれのコレクションには例えば完全な新品としては世界に二点しか存在しな

いソニー・ロリンズの33回転レコードや(誤解しています)、ハリウッドのスタジオで1950年から60年代に偉大

なアメリカのアーチストたちがレコーディングに使ったランシングのモニター用スピーカー一組など珍しい、又は無

類のアイテムが集まった。

ウエスタン・エレクトリックのコレクション

2階の広い居間には主にウエスタン・エレクトリック製品で構成されている二組のシステムが置いてある。

ベルシステム研究所のチームと共に作業をしたこの企業についてここで詳しく触れることは不要であろう。

この企業は1927年に誕生したトーキーの為に考案された音響再生用システムを1926年より完成させた。

これらの劇場用設備の中心的なアイテムの一つは有名なコンプレッションドライバーのWE555Wである。

その設計は当時にしては非常に進んだものであった。

何故ならハイファイ又は音響装置の応用例としての近代のコンプレッション・ドライバーの大多数の基本となったか

らである。

WE555Wの他のにはWE594A、WE713などが作られた。それらはシンプルなタイプのホーン部(WE3A、WE32)、

扇方(KS12025)、多段(WE25A)又は折りたたみ式(KS6368、KS6373、WE15A、WE16A)等のホーン

部と組み合わせることが出来る。

非常に優れたリスニングシステム二組

約60平方メートルあるこの部屋では、鑑賞は78回転とLPレコードを使ってモノラルで行われる。大きなソファー

の両端に二つのリスニングシステムが配置されている。居間の壁の一つは木製のレンガのようなもので出来てお

り、それぞれが前後に多少ずれた形になっているので、それはシュローダーのディフューザーに似ている拡散効果

をもたらす。床に置かれているWE15Bホーンが部屋の片側に配置されている。

Y字形のスロートはペアのWE555Wのレシーバーが組み合わせるように出来ている。

この大きなホーンは145cm×145cmの四角い開口部を持つ。

ホーンを伸ばた時の長さはおよそ3.5mであり、それによって推奨値が約250Hzのところ、約90Hzの低域カツト

オフが得られる。このホーンの開口部が映画館のスクリーンの後ろに通常に設置されている場合は垂直の配置

となり、音響軸は観客の方に約15度の角度を持って下方に向けられる。ここでの使用の場合は、ホーンは床に

置かれる。床置きの場合、音響軸はおよそ10度の角度でやや上向きにある。

ホーンの側面に白いラインで書いてある目印がその調整を容易にする。ホーンの内部のやや後方、WE555W

レシーバーと同じ位置関係に高音用としてWE713Aのレシーバーと扇形ホーンKS12024を組み合わせたが置

かれている。250Hz以下の周波数はウエスタン・エレクトリック社のWE4181に影響を受けたエルタス4181Eと

いうフィールド型46cmスピーカー2個によって補われる。そのエンクロジャーのボリュームは約600リッターである。

反対側にはリスニング・システムが二組、隣同士に並んでいる。左側にはWE15Aの小型のようなWE12Aホーン、

そしてその下には非常に珍しいWE13Aと言うホーンがある。それはセクションが四角形の,螺旋形ではなくU字形

に折り曲がっており、切り込みとレシーバーは開口部の近く、ホーンの上に設置されている。このシステムの右側

には前面のホーンがM字形に折り曲げられた大型のTA7387がある。背面のチャージが閉鎖された、このホーン

の折り曲げられた三角形のセクションは46cmのスピーカー、WE4181が2個組み合わされる。中音の経路はと

ても珍しいWE25Bという15段のホーンを採用している。多段のホーンの大半とは異なり、その前部は曲線ではな

く、直線であり、それが各段にそれぞれが少しずつ違うサイズで、違う低域カットオフ周波数を与える。

それによって、より拡散する全体的な低域カットオフを得られることが可能になり、全ての段が同じカットオフ周波

数を持っているホーンに比べ低音の経路へ繋ぎやすい。このホーンはY字形のスロートと2個のWE555Wのレ

シーバーに接続されている。6kHz以上の周波数は、ウエスタン・エレクトリックブランドの中でもコレクターによっ

て最も探しもとめられているものの一つであるWE597Aというツイーターに任せられている。

良好な状態のWE597Aは一組に5万フラン払うことを惜しまない愛好家もいるが、まずは見つけなくてはならな

いし、無ければエルタス又はカンノのオリジナル複製もので満足しなくてはならないことになる。このレシーバーの

ツィーターはジュラルミンのドームと、その前にはホーンがついている。WE555W同様、磁気回路は7V(モデル

によっては24V)で作動するフィールドコイルを利用している。

三上氏はさまざまなフィールド型スピーカーの為に貴重な時代物の水銀の蒸気を利用した整流管を所有している

幸せなオーナーの一人である。細かいことであるが、聴取の質に大きく違いが出るものである。

それはMotiographSE7520のことである。それらのホーンの前にはWE86850「リプロデューサー」が床の上

に設置してある。言い換えると、レコードプレーヤーの原型である。ウエスタン・エレクトリックのターンテーブルとア

ームにオイルバスによる減衰を使ったWE4が組み合わせられている。平均してレコードを2枚聴いたら交換しなく

てはならないレコード針はアコースティック蓄音機で使われているものと同じである。

増幅はウエスタン・エレクトリック社によって初期に製作されたWE205Dという直熱式の三極管が使われている。

電子機器と変調のソース

上記のスピーカーシステムに関連する電子機器は次のとうり。ウエスタン・エレクトリックWE41A(レベル調整用

に一定のインピーダンスの減衰機を備えた)ライン・プリアンプ。とてもシンプルで左右対称なその回路は1927年

製の3個のWE239A三極管で構成されている。同じタイプの2個のWE205Dによって構成されている電源に接

続されたWE205D三極管を使った一段、プッシュプル式アンプWE42A。整流バルブが取り付けられている。

WE211E三極管を使ったプッシュプル式アンプWE43A,ダブルオルタネーションの整流には整流バルブが付い

た別なWE211E一組が使われている。ビニールレコードと78回転レコードはデンマークのオルトフォン社によっ

てオーダーで作られたターンテーブルによって再生される。カッティング用に使われるモーターは15cm以上も高さ

があるものである。本来の組み立てはコンソールにておこなわれいたが、特注で作られた家具にすべて設置され

ている。この家具には四つの扉が付いており、上の二つを開けると昇圧トランスが入っており下の二つにを開ける

とモーターが入ってる。蓋はガラス張りになっており、蓋を閉めたままでの聴取を可能にし、音響の反響を最低限

に抑える。トーンアームはオルトフォン社のRA212モデルである。使われているセルは主にオルトフォン製(タイ

プA、B、C)、エラック、フェアチャイルド、GE製などである。

聴取しながら

三上剛志氏はハイファイの純粋主義者としての状況で使用するより、歴史的価値や、当時の製品への技術的イン

パクトを重要視するコレクターである。この使用方法であれば、当時の最高の構成要素を選択し、出来るだけ良い

物を引き出すように、時折改良を加えながら使いこなすことも出来たはずである。しかしそれは三上氏の場合は、

違う。彼は、少なくとも彼のコレクションのこの部分に関しては、これらのさまざまな構成要素を当時の状況で使う

ことを選んだのである。唯一つ取られている防護策とはそれぞれのパーツがきちんと作動していること、そしてそ

の当初の性能を定期的に、そして細かく確認することである。このような聴取スタイルに慣れるのは早い。

78回転レコードまたは1950年代前半のモノラルLPレコードの限定された周波数の中からキャッチされる多大な

情報の量、そして低すぎもせず、高すぎもしないバランスの取れた滑らかな再生に魅せられ、驚かされるのである。

同時に、比較の対称として例えば非常に優れたとされる現在のシステムで、一つのチャンネルだけで再生される、

そして60Hz以下と10KHz以上が失われた音を聞くとどうだろうと想像してしまう。この装置では、音声バンドに

均一に拡散され、広げられた針音は音楽情報から完全に分離している。

最も素晴らしい結果は、低音をWE12A/13Aを組み合わせた折り畳み型の大型ホーン部と、高音にWE597A

ツイーターによって得られたものであった。例えば「レスター・ヤングの最後のメッセージ」(バークレイレコード)の

ような古いレコードの、モノラル、狭周波数帯での聴取にもかかわらず、このシステムは部屋の中の特定の場所に

いなくても素晴らしい奥行きのある音を際立たせてくれる。聴取はその他のオペラ歌手のレコードやクラッシック音

楽で引き続き行われたが、それは甦った楽しみであり、同時に必要な時には必ずきちんと細かなところまで聞こえ

てくるのである。ウエスタン・エレクトリックによって驚かされるのは初めてではない。

三上氏のその他の「洞窟」についてはまた訪問することにして、三上氏にその暖かいもてなしをここに感謝する。

                    ジャン・ヒラガ

 『REVUE DU SON』   4月号 
3月号に続きジャン平賀氏により我が家のオーディオが詳しく紹介されています

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
三上剛志氏は世界中でハイファイの歴史を作り上げてきた貴重なオーディオ製品の日本における最も偉大なコレ

クターの一人である。この本格的な博物館の訪問については、ウエスタン・エレクトリック社の製品を主に前号で

初めて紹介した。

訪問を続けよう。

主にウエスタン・エレクトリック社の製品が置いてある広い居間(前号参照)の先には50平方メートル前後のかな

り広い部屋が続く。この奥くにはとても貴重なスピーカーセットがある。それはハリウッドのMGM用に仕様書に基

づいてランシングによって作られたコントロール用のシャラーホーンシステムである。

これについて歴史を少し説明すると、ジェームス・バロー・マーティニはイリノイ州リッチフィールドの炭鉱夫の家族

で9番目の息子として誕生した。高品質な音響再生に情熱を傾けたマーティニはまず地元のラジオ局での仕事を

始めた。そしてベル研究所で完璧主義者である自分の気質に適ったスピーカー、コンプレッションドライバー、ホー

ン部を製作した。それらの製品が完成した時点で彼は商品化することを決定した。「マルティニ」というイタリア系

の名前はアメリカ製品を個性化するには適していなかった。そこでその名前を断念し、「ランシング」という名前を

採用した。このようにして「ランシング・マニファクチャリング」社は誕生した。

時を同じくして、(トーキーを発明した)ウエスタン・エレクトリック社のパーツとアフターサービスを提供しているエレ

クトリカル・プロダクツ・リサーチ・インコーポレーテッドというERPIグループがオールテクニカルプロダクツ、ATPと

いう社名に変更した。その社名も長いということになり、有名な「アルテック」社に変更になった。1941年、ランシ

ング社は経済的に困難な時期を迎え、アルテック社によって買い取られた。この合併がアルテック・ランシング社

の由来である。MGMスタジオ専用に作成されたコントロール用スピーカーに話を戻すが、このシステムの低音の

経路は直径38センチでランシング415スピーカーと組み合わさっている。当時としては斬新なこのスピーカーは

102dB/m/Wの感度と、とても起伏の少ない振幅/周波数比が特徴である。1927年に設計されたにもかかわらず、

直径76ミリの可動式コイルには既に小口積みになったアルミリボンが巻かれている。

このスピーカーは最初の38センチラージバンド式のD130や有名なLE15Aなどに代表されるスピーカー世代の

初代となる。このスピーカーは、折りたたみ式の前面のホーン部とクォーターウェーブで音合わせされたボリューム

が背側で繋げられている。

サブウーファーに統合されている中低音の経路は8セルのホーン部に、有名なJBL175や375などの先祖である

コンプレッションドライバー、ランシング287が組み合わさっている。

ウエスタン・エレクトリック社の特許との競合を出来る限り避けるために、J.B.ランシングは切込みが同心円状だ

はなく、(その後アルテックが「タンジェリン」と名づけた)放射状のフェーズプラグを提案し、意匠登録をした。

この件については指摘したいのが、イギリスの会社であるタンノイ社がジョウロの口のように穴の空いている、現

在も使用されているフェーズプラグを発明したことである。中高音については扇形をしたホーンのついた、ドライバ

ーの先祖である(フィールドタイプ)のあるランシング287が担当していた。そして全体が素晴らしいリニアリティを

もって500Hz〜16KHz帯をカバーしている。25ワットという許容できる最大の電力は102dB/m/2.83Vという

優れた感度によって十分に補正されていた。写真にあるスピーカーセットは実際に40年もの間ハリウッドのMGM

スタジオに設置され、有名な映画のミキシングに使用されていたものであり、歴史的に非常に価値のあるものである。

ランシング社のランシング・アイコニックのスタンダード版はより小型であった。

2Wayタイプのもので、中高音は8セルのホーン、低音はバスレフと組み合わせられた、前面に平行に組み合わさ

れた38cmのスピーカーによって構成されている。このモデルに関しては、アンプはホーンの隣のケースに固定さ

れており、それによってフィールドの給電が容易になつた。考案者への敬意から三上氏は修復(トランスデューサ

の状態は全て良好だったので主に木製の部分)、主な部品やケーブル類、溶接部分の確認、そしてきちんと作動

していることを確認するために全体を計測ベンチに通すに留めた。

このスピーカーセットは主に初期のステレオのレコードを聴く為に使用されている。

D30085「ハーツフィールド」コーナー型スピーカー

1943年アルテックランシング社では効率の良さ、周波数特性のリニアリティー、そして歪率の少なさを上手く調和

させたトランスデューサーの基準となった515ウーファー、604同軸型スピーカー、そして288コンプレッションドラ

イバーが生まれた。1948年経済的困難からアルテック・ランシング社は航空会社のオーナーであるロイ・マークウ

ォードという共同経営者を必要とするようになった。この企業がJ.B.ランシングの株の40%をを取得し、アルテック

・ランシング社の元の財務部長であったウイリアム・H・トーマスが社の代表取締役に任命された。

1949年にはより深刻な事態が訪れた。今度は航空機の部品とエンジンを製造していたマークウォードの工場が

資金難に陥ったのである。唯一の解決策はタイヤの世界市場で成功していたジェネラルタイヤ社によるマークウ

ォード/アルテック・ランシンググループ全体の買収であった。この企業は買収を直ぐに後悔したかのごとく、製品

の品質やブランドイメージなどにお構いなく短期的な収益性を求めた。このような状況の中で途方にくれたJ.B.

ランシングは「弁護士[Avocatは弁護士とアボカドの両方の意味を持ちます]に頼る」ことにする。

より正確に言えば、それは工場の直ぐ脇にあったアボカドの木の一番上の枝を使うと言うことであり、1949年9月

24日木曜日の午前中、彼はそこに紐を掛け、首をつったのである。この悲劇的な結末から奇跡が生まれる。

半世紀後も現役な高品質の音響再生の為のハイテクノロジーそしてJBLの精神の復活である。

JBL精神に忠実であったバート・ロカンシーに敬意を表して

JBLによって吹き込まれたエスプリの再生は23歳の時にランシング社に入ったエンジニアの功績が多大である。

彼はアルテック・ランシング社を経て、J.B.ランシングの右腕、「右脳」そして生徒となった。それはバート・N・ロ

カンシー[記事にはBarthとありますが、検索をしたらBartとありましたので変更してあります]

(1919ー1994)のことであり、JBLが世界中で有名になったのは主に彼の作品のおかげである。

075ツイーター(117dB/w/m/2.83Vの感度、すなわち63パーセントに近い効率!)、(537−509などの)音響

レンズ、DとLEシリーズのスピーカー又は有名なT字形の対称的な回路の付いたトランジスターアンプのSE400

Sなどである。ステレオ誕生直前、1954年に作られたコーナー型スピーカーの設計者であるロバート・ハーツフィ

ールドの貢献も加えておこう。更に、アーノルド・ウルフとリチャード・H・レンジャーのステレオスピーカー「DD440

00レンジャー・パラゴン」もJBL社の成功に関与している。

それに敬意を表して三上氏はコーナー型スピーカー「D30085ハーツフィールド」をコレクションに加えル事を望んだ。

150−4Cスピーカーに対称的で折りたたまれたホーン部に2プース[約54mm]のJBL375コンプレッションドラ

イバーが組み合わさっており、ホーンの先端には音響レンズ537−509が取り付けられている。

このスピーカーには2つの種類があり、その違いは仕上げではなく、折りたたまれたホーン部の形状による。

その非常に興味深い歴史を紐解くだけで簡単に200頁以上は費やせるであろうこの会社に関する詳細はこの辺

で終わりにしよう。

ボイト「ドメスティックホーン」ホーンスピーカー

日本にはアメリカ製、そしてヨーロッパ製の蓄音機の愛好家が沢山存在する。本格的な博物館まで持っている人も

いる。オーディオテクニカ社の松下氏、またはさまざまなモデルが量産される前にトーマス・アルバ・エディソンの作

った錫箔とシリンダを使った非常に貴重な蓄音機の試作品を所有する品川木氏はその一例である。

三上氏もビクトローラ、HMVそしてEMG社製の蓄音機を所有している。

上の写真でわかるとおり、JBLハーツフィールドスピーカーの隣には、亜鉛や鉄板や水を含ませた布地などの素

材ではなく、エナメルを塗った紙粘土を使って得られた良好なニュートラリティと,変更された指数断面(ウイルソン

が言うところのエキスパンションの断面)ホーンによる優れた音響再生で当時有名であったEMGのMKZモデルが

設置されている。完璧な状態の78回転レコードを、高品質の蓄音機で聴き、評価をする機会に恵まれたオーディ

オ愛好家は少数であろう。完全に新品の状態であれば、マイクログルーブレコードと変わりない光沢を提供するこ

とが可能であり、使用者は決して傷をつけたりせず、レコードを変える度に針を交換(数百枚のレコードを聴いたあ

とでなく!)することに気を配らなくてはならない。オーディオバンドに均一に分散されている針音はそれ程気にな

らない。狭帯域での聴取は「メガホン」のような調子を強調することなく音楽の肝要な柔らかさを伝える。同じ部屋

の中で、この蓄音機の右側には、当時ではもっと有名なヴォイトの「ドメスティックホーン」というヴォイトのホーンス

ピーカーが置いてある。周知のとうり、ポール・G.A.ヴォイトはイギリスにおけるオーディオのパイオニアであった。

有名なエキスパンション断面の「トラクトリックス」ホーンだけでなくバイコニカルな膜スピーカーも彼の発明である。

彼はコイルが四個付いた、約35キロの重量の、2.8ステラすなわち28000ガウス近い磁束密度を磁極空隙内

に生成することが出来る、非常に強力なフィールド型のスピーカーを完成させた。

1923年頃、ヴォイトはエレクトロダイナミック・スピーカーの発明者とされているライス/ケロッグのものと同じ原理

に基づいたエレクトロダイナミック・スピーカーを完成させた。彼は2年間「JEハフ」と言う小さな会社で仕事をした。

その会社はその後、エディソンベル社として有名になった。彼の素質、そして革新的なアイデア(コンデンサーを使

ったマイク、78回転レコード用電気型カッティングマシン、アンプ回路)を思いつく才能を使って彼のせいではなく

1933年の不況によるエディソンベル社の倒産直後に彼は自分の会社、ヴォイト・パテント社を設立するに至った。

「バス・チャンバー」と呼ばれる、波長の4分の1で合わせてあるボリュームを使った、16cmのバイコニカル・スピ

ーカーを搭載した、L字形に曲がった前面のホーンシステム、「ヴォイト・コーナー・ホーン」と言うホーンスピーカー

システムの商品化がその年直ぐに行われた。このスピーカーのフィールドスピーカーの給電は200V/210mA

で行われていた。フェランティー、エポック、ベーカー、ベーカーズ、ローラ、マルコニフォンなどのイギリス企業が話

題に上がったのはこれと同じ時期である。

この種の最高級品は議論の余地無く「フェランティ」社、そして音響技術者ピーター・ローサーによって経営され

ていた、より規模の小さい会社のものであった。

ヴォイト・ローサーの合併

ヴォイトとローサーの会社が合併したことによって生まれた会社の主な収入源となったスピーカ−が存在する。

それは流行に負けず、現在もまだ興味が絶えないものである。その特徴は、市場で最も強力な永久磁石の使用、

尖頭アーチまたは梨の形をした渦を巻いていないウーハー、トレーシングペーパーで作った可動式コイルの受け

の両側に位置した二重層になっいたアルミ糸を使った可動式コイル(最初の試作品を調べてみると、ローサーは

工業デザイナーであれば誰でも知っている2.54ミリの薄いブルーの格子が印刷された、薄く軽いトレーシン

グペーパーを可動式コイルの受けに使用していたことがわかった)、直線的なダイナモの付いた放射状に接着さ

れた膜などである。世界中でこのブランドが有名になった理由となったPM1、PM2、PM3そして素晴らしいPM

4というシリーズはヴォイト、ドナルド・シェーブによって買い取られたローサー社、そしてモルダウント技師のおか

げで製作された。コーナー型であるヴォイト・ドメスティック・ホーンに話が戻るが、このモデルは1930年に発売さ

れた。その断面は不等辺五角形の形をしており、背面部分はお互いに直角に並べられており、同じ幅の残りの三

面は正面を向いている。スピーカー部は木材の部分の下に、斜めに位置している。断面が五角形のホーン部は

上に向けられ、水平面に90度の角度で開けてあるウインドウに通じている。ホーンは両用のエキスパンションの

断面を使っており、片方はコーンの中央部から出される高い周波数の拡散の為に比較的短い半径のものであり、

もう片方は低い周波数の復元の為により大きいものとなっている。

三上氏のコレクションには多数のアイテムがあり、さまざまな設置例の一覧を作る事が出来ない。

メインの住居には、共通のソースのものも含め12セットあり、セカンドハウスには6セット設置されている。

詳細は追って紹介するが、既に読者達が良く知っているシーメンス、ケラングフィルム、ウエストレックス、

(より最近の)JBL又は金田(アンプ)などのブランドで構成されているので一部のみを紹介することになる。

                 ジャン・ヒラガ
 

 
music bird program guide 2000年8月7〜20日 No.17
 PCM放送JAZZ8 寺島靖国ジャズ道場破りの録音取りを受けまし。  
 
 
 
 
 
 MJ誌別冊 『夢のリスニングルーム』
 光栄にも紹介されています。 発売中ですので是非リスニングルーム作りの参考に!