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オーディオと音楽と
2007年12月30日
 友人より2通のお知らせが来た。1通は2008年1月10日〜13日公演の
シンクロナイズ・プロデュース
 『約束』で知人の西村いづみさんが久しぶりに舞台に復帰出演します。
 もう一通は友人の柳沢正史さんからで氏がプロデュースする吉祥寺メグでの
ジプシーヴァガボンズ

 Liveの案内です。2ギター、1ベース、1ヴォーカル&フルートはチャーミングで楽しめます。
 
 
 

2007年12月29日 (土)
 今朝、注文していた幕の内弁当、いやCDが届いた。
 今話題の20万円のガラスのCDです。シリアルナンバー002でした。
 1962年録音のヘンベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ベートーヴェン
 第九交響曲『合唱』です。
 オリジナル・マスターテープの軽度の劣化が解るほどのクリアーさでアナログ録音の魅力が満喫できます。
 アナログレコードをCDRに落として聞かせる人がいますが結局はデジタルの音になっていてヴィニール
 レコードの魅力を半減させています。門外不出の完全オリジナル・マスターからダイレクトにデジタルダ
 ウンするとこのような音になるんですね。
 オーディオエンスーなら是非自宅の装置で聞いてほしいソフトです。
 これからの永久保存したい音源をこのような形で少しでも安く出して欲しいと思います。
 このCDを聴くとクラッシック愛好家でアンチ・カラヤンの人に多く逢いますが何故否定するのか不思議
 に成ります。
 追伸
 30日(本日)の朝日新聞にカラヤン生誕100年のCD広告が大々的にされていました。
 このCDをPHILIPS LHH 2000 で聴きながら1980年ListenView誌No.3を見ていましたら私の好きな
 評論家「岡 俊雄」(1916ー1993)さんの『カラヤンおぼえ書きー巨星が消えた』
 の文章に目が留まりました。
 せっかくなので部分的に紹介します。

 カラヤンの訃報をきいて・・・・・・
 7月16日にヘンベルト・フォン・カラヤンが亡くなった。ザルツブルグ音楽祭のためのリハーサルなどをし、16日(日曜日)
 の午前中にソニーの大賀典雄社長などと会談、その午後、突然の心臓発作をおこし、午後1時30分に急逝したのだと
 いう、一般に急性心不全という都合のよい呼称で片づけられているが、正確な病因はわからない。
 わるい予感がないではなかった。今春、TVでBPOのジルヴェスター(除夜)コンサートを見たとき、指揮台に向うカラ
 ヤンの姿は会場全体のロング・ショットで、二人ぐらいの人に支えられられながらゆっくりと歩んでいたように見うけた
 のだけども、あまり超遠景でよくわからなかった。TV関係者の心づかいであろう。キーシンのソロでチャイコフスキー
 の協奏曲がはじまるところで彼の大写しになった。ひどくきびしい表情で調子がどこかよくないように思えたくらい。
 しかし、過去にも何度かカラヤン再起不能が伝えられ、長いときは1年くらいかそれ以上の空白があったのに、いつも
 不死鳥のようにカムバックしていた。宿痾の椎間板ヘルニアもなみのとはちがうヴィールス性の治療不能の難病とい
 う話もきいたことがあるが、本当のことは知らない。88-89年度シーズンが終わらないうちにBPOに彼の方から絶縁状
 を叩きつけて、世界の楽壇に大ショックを与えた。前年4月に80歳の誕生日を迎えたとき、世界の音楽ジャーナリズム
 は“ハピー・バースディ・カラヤン”の特集を華やかに行なっていたが、その頃からカラヤンは時間と競争しているので
 ないかという気がしていた。そして"音楽をやめるのは死ぬということさ”とまえまえから言ってい
たとおりの最期だった。
 中略
 カラヤンのレコーディング・キャリアの区分のしかたは少々厄介な点もあるが、大よそ次のように区切るのが妥当のよ
 うに思う。
 @1938年の初録音から43年までのDGGの専属アーティスト時代(略)
 AEMI=英コロンビア時代(46−60年) 
 第2世界大戦後、ナチ・ドイツとの関係を追及されてフルトヴェングラーとともに音楽活動の停止を余儀なくされていた
 カラヤンはEMI(というより当時HMVと判然と専属アーティストまで区別していた英コロンビアの方のみ)にクラッシッ
 クA&Rの責任者だったウォルター・レッグが彼に注目して、ステージ復帰に先立ってVPOで録音させるようになる。
 その最初が46年9月に行なわれたベートーヴェンの第8であった。
 (略)
 BBPO時代のはじまり  
 1954年秋フルトヴェングラーの死のあと急遽、BPOの終身指揮者として指名されたカラヤンの最初の仕事は翌55年
 のBPOアメリカ演奏旅行からスタート。以来35年間カラヤンはこのオーケストラに君臨した。そればかりでなく、
 スカラ座、ウィーン国立歌劇場、ザルツブルク音楽祭を掌握する。“帝王カラヤン”と呼ばれた時代のはじまりである。
 (略)
 カラヤンの録音量がどのくらい数えたことがない。76年に黒田恭一さんが「カラヤン・カタログ303」という実に有用な
 小冊子を出されている。それから10年余りたって、多分、450ちかくに達しているに違いないと思うが、この録音量は
 史上空前である。(略)
 しからば彼の“芸術”はどうなのだ、という難問が当然のように待っている。アルトゥール・ニキシュ以後の大指揮者と
 いわれれる人を筆者の勝手な判断でうまれた順に並べてみる。
 ワインガルトナー(1963)、R・シュトラウス(1864)、トスカニーニ(1867)、メンゲルベルグ(1870)、ワルター(1876)、
 ストコフスキー(1882)、アンセルメ(1883)、クレンペラー(1885)、フルトヴェングラー(1886)、ライナー(1888)、
 E・クライバー(1890)、ミュンシュ(1891)、セル(1897)、ドラティ(1903)、カラヤン(1908)、ショルティ(1912)、
 ジュリーニ(1914)、バーンスタイン(1918) (略)
 多くの人は言うにちがいない、トスカニーニ、ワルター、フルトヴェングラーとくらべてどういう位置づけをするのかと。
 ワルターの円満な人格と暖かいヒューマニズムはどんな演奏にも流れていた。こういうタイプの指揮者は二流にはた
 くさんいるけれど、ワルターのように極めた人はほかにいない。それにくらべるとトスカニーニもフルトヴェングラーも
 強烈な個性がそれに心酔する人をして神格化せしめずにはおかないものがあった。前者の秋霜苛烈な直截性、
 後者の神韻漂渺たる超自然的没入の世界。カラヤンはこの三人のどれにもあてはまらない。彼ほど合理的な思考と
 実行力をもっていながら、二律背反的な存在だと思わせるひとも少ない。彼は稀に見る音楽の耽美主義者であり、
 それを極致まで求めようとすれば完全主義者にならざるを得ない。それをなしとげるために権力志向が明確となり、
 カラヤン自身もそれを意識した。カラヤン自身をそうさせたのは彼自身のなかでは、彼の音楽表現の極点を求めるた
 めであり、彼の周囲は彼にそれを許した。というより、カラヤンの稀なる実行力あふれた才能を利用するために、
 さまざまな人間がカラヤンを権力者たることをあえて許容したというべきだろう。二律背反の要因は彼自身と周囲がつ
 くりあげたものであった。
 もっともそうでなかったらカラヤンはカラヤンでなく並みの巧者な指揮者におわってしまったろう。(略)
 カラヤンをきいていると、きれいだ、うまい、参った、といった感をうける。しかし感動するかどうかということになると
 別問題である。そこがフルトヴェングラーともトスカニーニともちがうところで、むしろ、ニキシュ、ワインガルトナー
 の系譜にある最後の指揮者の大指揮者がカラヤンだったのではあるまいかと思う。ディオニソス的であるよりアポロ
 的であり、ときとして自ら酔いしれてしまうときもあるが、それ以上につねに醒めていた指揮者だと思う。(略)
 ポスト・カラヤンは未知の世界だが、カラヤンその人の遺鉢をつぐ人は多分出てこないとおもう。
 
 
 
 
 

2007年12月26日 (水)
 銀座 シグナス Live 
 松尾 明(Drums) 宮崎カポネ信義宮崎(Guitar) 上羽康史(Bass) 水野直子(Vocal)
 ピアノ寺村容子の急な休演でのピンチヒッター、PINK BONGOのギターリスト宮崎氏の演奏、
 さすがジャズメンで,急共演でもピッタシ。このトリオもありかなの演奏でした。
 今年最後のライブ写真、JAZZを感じてください。
 
 
     
 
     
 
 
 
 
     
 
 

   
2007年12月22日 (土)
 アムトランス主催“GIPスピーカーで聴く、新忠篤氏による「ミニコンサート」”を神田淡路町のアムトラ
 ンス本社オーディオショップに聴きに行きました。
 GIPラボラトリーのフルセットの音は初めてききますが今買える新しいスピーカーとして管球を愛する
 エンスーにはベストと思えます。
 アムトランスに常設していますのでソフトを持ち込んでの試聴をお薦めします。
 新さんのコンサートはトスカニーニのSP復刻ベートーヴェン交響曲第7番と最新のガラスCD(20万円)、
 カラヤンの第九を続けて聴かせてくれました。
 復刻の技術の進歩で音楽の感動を更に高められる素晴らしさ。 オーディオをやっていて良かった!!
 
 
 
 
 


2007年12月22日 (土)
 ジャズ批評 1月号No.141が発売されました。今回の特集は“私のこだわりジャズ”Part 2。
 私も投稿し、また名誉にもキング・レコード、プロデューサー森川 進さんとの会談が記事となっています。
 是非購入して見て下さい。
 
 


2007年12月21日 (金)
 3日掛ってようやくOrtofon MC Windfeldの音だしができた。
 アバンギャルドのセットのEMTのアームにつける為でオーディオファブの木製シェルに苦労してつけたと
 ころ多大なハムが出る。試行錯誤を散々やってこのシェルの特徴が解った。ガイドピンに左チャンネル
 のアースが接続されている(EMTプレーヤーのイコライザーを使うときはこの方式で正解)。
 ガイドピンを抜いて短くしリードに接触しないようにして再セット、今度は左チャンネルから音が出ない。
 ガイドピンが左チャンネルアースピンの接続役をしている為だ。しかたなく4本ピンの左アースピンだけ
 押し込み何とか繋がる。ハムも満足できるレベルまで減った。
 音はというと、このカートリッジだけでこのシステムを任せて良いという完成された品物です。
 音の傾向は完全に整備されオリジナルのアームにつけたノイマンDSTの音に近いと思います。
 値段も良いがそれだけの品物です。ただ針交換が26万円だそうです。
 
   
   
   
   


2007年12月18日 (火)
 インターナショナルオーディオショウで新 忠篤さんが薦めていたオルトフォンMC Windfeldが
 マツシタHiFi より届いた。幕の内弁当のようなケースを開くと小さなカートがちょこん。
 仕事が終わったらシェルに着けて聴く瞬間が楽しみ。

 
 
   
   

2007年12月15日 (日)
 今日はマツシタHiFiのポピュラーレコードコンサート兼忘年会。
 丁度入荷したばかりのAcoustic SolidのトップレコードプレーヤーとオルトフォンMC Windfeldの組
 合せが聴けた。
 それと発刊されたばかりのanalog誌を購入。パラパラと見て驚いた。私の名前が間違えて登場。
 しかも寺島靖国さんが「東の横須賀在住、三上剛さん、対するは西の岩谷一さんが高級物量投入作
 戦オーディオの両雄ということになる」と書かれている。私は剛志、横須賀に三上剛士さんというオーデ
 ィオマニアが在住していなければ私のことかも知れないが、私は高級機は購入しているがオーディオの
 世界で歴史に残る、お金だけでは買えない文化遺産を集めているつもりがこのように思われていたの
 かと残念でした。 
 
 
 

2007年12月14日 (金)
 自作砲金プレイヤーシステムのハムノイズが大きく、付け忘れていたSME3012アームのコンタクト部 
 カバーを着けかえました。ハムは激減しましたが完全ではありません。古いオリジナルケーブルを何時
 か交換してみるつもりです。と同時にオルトフォンジャパンより輸入販売されたアナログレコードプレー
 ヤー「AcousticSolid(アコースティックソリッド)」のドライブ糸をメーター3000円で購入。今まで使ってい
 た木綿糸に変えてみました。プラスティック系の細い糸でスリップせず 張ぱり具合も調整しやすくお薦
 めです。ただ耐久性はわかりません。
 
 
 
 
 


2007年12月11日 (火)
 別冊ステレオ・サウンド「ウェスタン・エレクトリック・サウンド・リスニング」が発売される。
 ヴィンテージオーディオ・ファン、特にウェスターン・ファンにはお薦めの本です。
 
 

2007年12月9日 (日)
 この2週間で入手したレコードを整理。聴くぞ!!


2007年12月2日 (日)
 メグ・寺島靖国さん主催の志賀聡美トロンボーン教室【公開レッスン】を見学する。
 寺島節が聞けるレッスンで実に楽しそうに進行していた。
 
 
2007年12月1日 (土)
 マツシタHiFiのクラッシック・レコードコンサートに行く。皆で飲む焼酎が美味しい。
 ベートーベンの第九交響曲を1楽章づつ演奏家を変えて聴く。
第3楽章
第1楽章
第3楽章
 
売約済み、本日最終演奏
予約入り、本日最後になるかもしれない演奏
本日で最後となる演奏
最新最高値のオルトフォンMC
偶然、昔 小泉純一郎さんにいただいた切符で聴きにいった第九の演奏会パンフレットが紹介された


2007年11月29日 (木)
 真昼のオーディオ WE15Bの装置でうたた寝。
 昼食後のアナログを横になって聴く。モノラルなのでどんな格好でも聞ける。
 モノラルの基本はスピーカーは一本。決してステレオ状態で聞いてはいけません。
 ただしステレオ時代のスピーカー一本で聞くと貧弱になります。
 
 

2007年11月28日 (水)
 深夜のオーディオ WE757AでPCM放送ミュージックバード・JAZZ8を静かに聴く。
 ウエスタン・エレクトリック製のこのモニタースピーカーは日本には20本程度しか現存しないそうです。
 初めてウエスタン・ラボに寄った時、偶然宮岡さんが裏蓋を開けてチェックしていました。
 同時にオーディオ・アクセサリー誌に広告を出す時の目玉として特価での紹介。即、購入しました。
 今から考えると昔ウエスタン・インクで見て以来本物にはお目にかかっていないので貴重品です。
 このスピーカーだけでこれからの人生を過ごせると思えるほどバランスの良いシステムです。
 プリアンプはあの有名な伊藤喜多男さんが私の為にWEの部品を使って製作した他に無い品物です。
 パワーアンプはラジオ技術誌のライター石井義治さんが私に作ってくれたRCA50ロフチンホワイト・アンプです。
 
 

2007年11月26日 (月)
 今夜のオーディオ KLANGFILM・EURODYN を堪能。酒が美味しい。
 このスピーカーを聞くと『ごまかしの無い音』をつくづく考える。
 私のスピーカー選びは最小構成で済み能率が良くウーファーを除いて同音域では1個のみ。
 バスレフ効果が過大に掛かったエンクロジャーは避けている。
 このエンクロジャーは当時『関本』に特注。我が家の階段で入り得る最大寸法で米松で製作してもらった。
 後面開放のエンクリジャーは最終的に側面の平行面を切り落としウイングを自作し低音のこもり感を改善。
 なるべく指定の2m×2m平面バッフルに近い状態とした。共振を有効に使って響きを楽しんでいる。 
 オイロダインのユニットは『関本』で購入したシーメンス・オイロダインからウエスタン・ラボで購入した
 フィールド型のクラングフィルム・オイロダインに変えたが、納品後左右の型番の違い
、ウーファー径が左右 38cmと35cmと違うのを指摘されたが現在もそのまま聴いている。
 


2007年11月23日 (金)
 今朝のオーディオJBL4350のシステム。朝聞くとディバイダーを調整したくなる。
 JBL4350のウーファーは好きな音が出ずユニットをアルテック、ガウスに変えたり密閉にしたり
 色々挑戦したがエンクロジャーの小ささが原因との結論を出し諦める。
 その後ユニットを1500ALに変えてからようやく満足できる低音となった。
 


2007年11月22日 (木)
 CDトランスポーター/DAコンバーター間に シナジスティック デザイナーズスクエア デジタルが決定。  
 プリ/パワー間にはゴールドムドのLineal Interconnectに決定。


2007年11月17日(土)
 若いワイン、2007年ボジョレヌーボーをANAインターコンチネンタル・ホテル『炙』(aburi)で味わう。
 (非常に感じの好いレストランでコンサート・コースというディナーが用意されている)。
 その後サントリーホールでフランスの非常に若い天才ピアニスト(二十歳)ジャン・フレデリック
 ピアノ・リサイタルを味わう。
 ジャン・フレデリックはピアノを習ってまだ12年と言う経歴ですが、母であるピアノに包まれるように
 愛を持って優しく弾く彼の音楽を共有できた今日の観客は幸せだと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 


2007年11月12日 (月)
  ジャズ批評12月発売号の座談会をする。
  あのKING RECORDS 低音シリーズのプロデューサー森川進さんとジャズ批評 松妃呂子編集人と   
  CDの製作側、CD再生側とJAZZ大好き雑誌製作者が情熱を語り合いました。
お薦めのCDです
2007年11月9日(金)
  フランス国立リヨン管弦楽団・準メルクル指揮を聴く。
  私は横浜みなとみらいホールは初めてで2階席からの鑑賞は素晴らしかった。
  演奏は組曲「展覧会の絵」が最高で聴くのと演奏者を眼で追うのに夢中になりました。
  帰りにCDを求めたが残念ながら「展覧会の絵」は未録音とのこと。
 
 
     
 
     
 
     


2007年11月6日 (火)
  マーク・レビンソンNo30LとNo31.5Lを繋ぐデジタル・ケーブルがRCAアンバランス・ケーブルしかなく
  No30Lの説明書を見ると付属のデジタル入力用XLA/RCA変換プラグを使用するか234Ωの抵抗で
  2番3番を繋ぐように指摘されていた。No30Lを購入したショップiに電話。
  付属品は付いてなく、ハーマンインターナショナルにもすでに在庫が無いとのこと。
  残念ながら販売店では工作出来ないとのことで自作する。
  バランスが低音の方に寄った為か音力が出た。またケーブル遊びが楽しめそうだ。
 
 


2007年11月3日 (土)
  ひろみダンス教室( 046-823-6932, 神奈川県横須賀市若松町3丁目16)
  合同技術発表会に招待にされる。華やかに実に楽しそうに踊られていて爽やかでした。
  
関根ひろみ先生のデモンスヨントレーション
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


2007年11月2日
  11月9日横浜みなとみらいホールでの準・メルク指揮フランス国立リヨン管弦楽団、山田秋晃子ヴァイオリンが楽しみ。
  ライブはクラッシック、ジャズはオーディオの日々です。
 


2007年11月1日
  オーディオの不思議。何をいじっても音は変わる。良くなるのも悪くなるのも偶然が多い。
  良くなった処で止めればよいものを、もっと良くなるだろうとスケベ心を出すと先ず悪くなる。
  いじった直後は良くなった錯覚に陥り翌日には2度と元の良い音にならない。
  元の状態に戻せは好いだろうと思うのが浅はか。
  JEFF ROWLANDのアンプを置く所が無いのでGOLDMUNDの上にじかに置く。
  GOLDMUNDとTRANSPARENTケーブルの組合せに神が宿った。丁度よい制御材になったようだ。
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